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兼六園  概要・命名・歴史兼六園ガイドマップ
百七十五年間に及ぶ庭造り・兼六園の名園由来・匠の技が彩る成巽閣
金沢城跡は歴史の宝庫・城下を潤す辰巳用水


概要
 面積は10万4915平方メートル。1985(昭和60)年に国の特別名勝に指定された。
 園内の樹木は54科、140種、約8500本を数える。特に桜は420本(ソメイヨシノ200、ヒガンザクラ80、サトザクラ60、ヤマザクラ50、その他30)、梅は約20種200本(紅梅60、白梅140)、ツツジ600株、サツキ900株、カキツバタ1万株が植えられており、四季折々に美しい花で園内を彩る。

命名
 中国、宋の時代の詩人、李格非(りかくひ)が書いた造園書「洛陽名園記」中の「園圃(えんぽ)の勝(しょう)、相兼ぬる能(あた)はざるは六。宏大(こうだい)を務むれば幽邃(ゆうすい)少し、人力(じんりょく)勝るは蒼古(そうこ)少し。水泉多きは眺望なし…」からとり、宏大・幽邃・人力・蒼古・水泉・眺望の6つの景勝を兼ね備えた庭との意。加賀藩12代藩主前田斉広(なりなが)の依頼により、1822(文政5)年に奥州白河藩主松平定信(号・白河楽翁(らくおう))が命名した。寛政の改革で有名な松平定信は、江戸の築地に「浴恩園(よくおんえん)」、大塚に「六園(りくえん)」、白河に「南湖(なんこ)」を営んだ造園趣味の文化人だった。

歴史
 1676(延宝(えんぽう)4)年、加賀藩5代藩主前田綱紀(つなのり)が、金沢城に面する傾斜地に別荘「蓮池(れんち)御殿」や茶室などを建てて、周辺に庭造りを行ったのが始まりと言われる。この庭は「蓮池庭」と呼ばれ、1759(宝暦9)年の大火でほとんどが焼失したものの、11代治脩(はるなが)が1774(安永3)年に翠滝(みどりたき)と夕顔亭、1776年に内橋亭を造営した。
 一方、小立野台地に続く東南の平坦地「千歳台」では1822(文政5)年、12代斉広(なりなが)が自らの隠居所「竹沢御殿」を造り、曲水を引き入れて雁行橋(がんこうばし)や築山・七福神山などの作庭を行った。そして斉広の没後、13代斉泰(なりやす)は竹沢御殿を順次取り壊しながら、庭造りを進めた。霞が池を拡張し、栄螺山(さざえやま)を築くなどし、1851(嘉永4)年ごろに、台地下の蓮池庭と一体化した回遊式の本格庭園が出来上がった。
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